昨年10月の岡山フィルの定期演奏会でベートーヴェンの7番を聴いていたとき、第4楽章でのあまりの熱量のある演奏と、シェレンベルガーがあまり見せない我を忘れるような激しいタクトに驚き、当日のブログにこう書きました。
『この日のコンサート、ここまでが非常にハイカロリーかつ異常な集中力連続だったので、「最後まで持つかな?」と心配したのもつかの間、シェレンベルガーのタクトの勢いは一層熱を帯びていきます。これほど激しいタクト捌きを見せたのは、東日本大震災被災者鎮魂のためのドイツ・レクイエム以来です。』
我を忘れたように激しいタクトを見せるマエストロ、それはこの6年間で「ドイツ・レクイエム」とこのベートーヴェンの7番の2回のみ。滅多に見せない激しさに圧倒されると同時に、私はある歴史的コンサートの演奏を思い出していました。それは、ベルリンの壁崩壊のわずか3日後にベルリン・フィルハーモニーへ東ベルリン市民を招待して行われた記念コンサートです。
指揮&ピアノ独奏(※):ダニエル・バレンボイム
1989年11月12日 ベルリン・フィルハーモニーでのライヴ録音
ソニー・ミュージック
第4楽章の途中で「シェレンベルガーさんは、このコンサートについて思い返しているのではないか」と感じたのだが、そのコンサートにシェレンベルガーが参加していたかどうか、その時点ではわからなかったし(ベルリン・フィルともなると2人以上もも首席奏者を擁しているので、すべてのコンサートに乗るわけではない)、「いや、やはり目の前の演奏に集中しているのだ」とも感じたので、その時は別個のこととして考えるようにしていました。
この解放記念コンサートの演奏は、カセットテープで持っていて、家にあった唯一の(災害時用にとってあった)ラジカセでかけて聴いてみると、ベートーヴェンの7番の冒頭ののびやかで華やかなオーボエの音は、やはりシェレンベルガー以外に考えられない。HMVを検索してみると、DVD付きCDが売られている。これは買うしかない、ということで年末にようやく納品となり、それ以来何度も繰り返し聴いています。
DVDには途中で「ベルリンの壁」についての歴史についてまとめた短編のドキュメンタリーと、指揮とソリストを務め獅子奮迅の活躍だったダニエル・バレンボイムをはじめ、当時のコンサートマスターのゲラーマンなど、ベルリン・フィルの関係者のインタビューが収録されていて、なんと楽団員代表の一員として若き日のシェレンベルガーさんもインタビューに答えています。
この歴史的瞬間での興奮した空気の中で(あと、インタビュアーが、空気の読めない質問をしたこともあって)、冷静沈着なシェレンベルガーさんが、興奮を隠しきれないように早口でインタビューに答えていて、このコンサートの意義と、実現するために楽団メンバーたちも最善を尽くした様子が語られています。もちろん、演奏でもシェレンベルガーさんはオーボエ首席奏者として乗っています。
前半のバレンボイムによるベートーヴェンの1番コンチェルトについての具体的な感想は、また別の機会に書こうと思いますが、前半のソリスト&指揮者としてバレンボイムが登場した場面、そして後半のタクトをもって再びバレンボイムが登場した場面でも、スタンディング・オベーション。そしてその拍手が鳴りやまないのですよ。
バレンボイムがうなづいて何度も謝意を示しても鳴りやまない。オーケストラに向かって腕を上げてようやく静まりますが、興奮のるつぼともいうべき会場の異様な空気が映像からでも伝わってきます。
後半のベートーヴェンの7番の演奏、FM放送を録音したテープで聴いているときには、その熱気あふれる演奏にただただ圧倒された感想しかなかったのですが、こうしてDVDで見てみると、ベルリン・フィルのメンバーたちが、こうした尋常ではない会場の空気にのまれることがなく、どっしりと構えた鉄壁の演奏を聴かせてくれます。シェレンベルガーも第1楽章の冒頭では、興奮する聴衆を慰撫するように、優しい人間的な音で聴き手を魅了します。
音は、やはりフルトヴェングラー~カラヤン時代の重厚で伝統的なスタイルのアンサンブルで、たいへんに聴き応えがあります。第2楽章の大河的なアプローチは、べルリン・フィルに限らず、現在のオーケストラでは聴けない世界観。
第3楽章以降は楽団員たちの気分の昂揚が感じられると同時に、まったく崩れないテクニックと多彩な表現、隙の無いアンサンブル、細かいところまで神経の行き届いた演奏に圧倒されます。ベルリン・フィルの圧倒的なレベルを思い知らされます。
しかし、第4楽章の後半になるとバレンボイムの興奮したタクトに呼応して、彼らも人の子、若干感情が抑えきれないとばかりに音楽が走りだします、しかし大きな乱れはなく怒涛の勢いでフィナーレを迎えます。
会場はブラボーが延々と続き、カメラが客席を抜くと、みな晴れやかな笑顔でスタンディングオベーションで歓迎する様子が見て取れます。壁が出来た後、「おらが街のオーケストラ」の一つであったはずの、ベルリン・フィルの演奏を聴けなくなった旧東ベルリン市民の興奮と歓迎がストレートに表れていて、あれから30年近くたった私(当時は中学生だった・・・)もジーンと来てしまいます。



