天井桟敷のつぶやきver3.1

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2025年に足を運んだコンサートのデータ

 2025年のコンサート・ライブに足を運んだ回数は久しぶりに15回を超え、17回となった。回数が回復してきているので、しばらく休止していた年間コンサートの振り返りをしたいと思う。

  このエントリーは、最終的には2025年12月31日付で格納します。


 チケット代の総額は61,330円、1回あたりの平均は3,607円だった。


◎ジャンル別

オーケストラ: 12回(金管アンサンブル1回、弦楽アンサンブル2回を含む)

室内楽: 4回

声楽: 1回

 年間30回ぐらい行ければ、室内楽や声楽にもっと足を運びたいところだが、この回数だとやはりオーケストラが主体となってしまう。


◎オーケストラの楽団別

岡山フィルハーモニック管弦楽団: 6回

広島交響楽団: 2回

その他(各1回): 京都市交響楽団、The MOST、サイトウキネンオーケストラ・ブラスアンサンブル、など

 岡山に来る海外オケもめっきり少なくなった……。実は11月のウィーン・フィル姫路公演に行くことを画策していたのだが、子供の発熱で断念。でも、岡フィルとオーケストラ福山定期で十分な満足感を得ることができた。


◎指揮者別

2回: 高関健

1回(主な指揮者): 尾高忠明、三ツ橋敬子、フォルクハルト・シュトイデ、ピエール・デュムソー、キンボー・イシイ、岡本陸

 私にとって高関さんは、2025年の「岡山フィル臨時緊急常任指揮者」といえる存在だった。

◎ソリスト別

ヴァイオリン: 福田廉之介(4回)、竹澤恭子、フォルクハルト・シュトイデ、守屋剛志、石田泰尚

ヴィオラ: 木下雄介

ホルン: シュテファン・ドール

サクソフォン: 上野耕平

ピアノ: ヘルムート・ドイチュ

声楽: 森野美咲(3回)、宮里直樹、柳くるみ

 福田廉之介さんが最多となったが、欧州での活動が多忙になり、2026年以降の来日は減るとのこと。今のうちに堪能できたのは幸いだった。


◎コンサートホール別

岡山シンフォニーホール: 4回

福山リーデンローズ 大ホール: 3回

岡山芸術創造劇場ハレノワ中劇場: 3回

その他(各1回): 岡山シンフォニーホール・イベントホール、岡山芸術創造劇場ハレノワ大劇場、倉敷市民会館、玉島市民交流センター湊ホール、岡山大学Jホール、ライフパーク倉敷大ホール、日本福音ルーテル岡山教会

 岡山シンフォニーホールに行く回数が0となる2026年は、どのような構成になるだろうか。

 

◎作曲家別(標準演奏時間によるランキング)

 1位  モーツァルト  160 

 2位  シベリウス  95 

 3位  スメタナ  70 

 4位  ドヴォルザーク  70 

 5位  リスト  65 

 6位  R.シュトラウス  60 

 7位  ショスタコーヴィチ  55

 8位  チャイコフスキー  55 

 9位  バルトーク  40 

 10位  ブラームス  40 

 こうして振り返ると、2025年の満足感の高さには、シベリウスを多く聴いた(2位)ことも大きく寄与しているようだ。

 意外だったのは、例年なら確実に上位に入るはずのベートーヴェンがランク外となったこと。チャイコフスキーやショパンは意識的に避ける傾向があるのだが(それでもチャイコフスキーが8位にランクイン…)、ベートーヴェンは特に避けていたわけではないので、この結果は自分でも驚き。

 

◎今年の振り返り

 今年のベスト・コンサートを絞るのは難しいが、以下の3公演が今年のハイライトであったことは間違いない。

 加えて、5月の岡山フィル定期「我が祖国」3月定期でのシベリウス/ヴァイオリン協奏曲(竹澤恭子)も強い印象を残した。あと、もう一つ挙げるなら、森野美咲(ソプラノ)×ヘルムート・ドイチュ(ピアノ)の競演、「声楽のコンサートにもっと足を運ばねば」と思わされる名演だった。

 一方で、2025年は海外オーケストラを聴きに行けなかった。11月のウィーン・フィル姫路公演以外にも、倉敷で検討していた公演があったのだが、一般発売日に予約サイトにアクセスして落胆。良い席はピアニストのファンクラブ先行ですでに埋まっていたのだ。こうした状況に一気に熱が冷めてしまった。そのソリストサイドが例えば日本のオーケストラを雇っての公演ならば許せるが、海外オケの公演の場合、そのオーケストラのファンや「海外オケだから聴きに行く」というファンも居る。私は今後、そのソリストの公演には手を出すまいと感じたし、海外公演のプロモーターも、こうした売り方を続けていては先が無いのではないか、と強く感じた出来事だった。