天井桟敷のつぶやきver3.1

瀬戸内地方のコンサート感想記録。since2006.7.26 ssブログ(旧so-netブログ)サービス停止のためはてなブログに引っ越してきました

オーケストラ福山定期 Vol.11 広島交響楽団 指揮:アルミンク Vc:鳥羽咲音

オーケストラ福山定期 Vol.11 広島交響楽団

オッフェンバック/喜歌劇「天国と地獄」序曲

グルダ/チェロ協奏曲

〜 休憩 〜

ヨハン・シュトラウスⅡ/

 喜歌劇「こうもり」序曲

 ポルカ「ハンガリー万歳!」

 ポルカ・フランセーズ「クラップフェンの森にて」

 ワルツ「ウィーン気質」

 エジプト行進曲

 ワルツ「南国のバラ」

指揮:クリスティアン・アルミンク

チェロ独奏:鳥羽咲音

コンサートマスター:蔵川瑠美
2026年2月7日 福山リーデンローズ

 今年はいわゆる『ニューイヤー・コンサート』は3公演行く予定にしていた。しかし、ゆるび室内管や、岡山フィルのニューイヤーコンサートを諸事情で断念せざるを得なかった私にとって、この福山定期での広響のニュイヤー・プログラムは待ちに待った今年のコンサート聴き初めだった。オーケストラ福山定期が開催される前から、広響の福山定期は2月〜3月頃に開催されていて、広島市での定期演奏会とは異なる独自プログラムが組まれている。

 ​今回のタクトを取るのは音楽監督クリスティアン・アルミンクさん。ウィーン国立音大で学び、シュトラウス一家の音楽を「呼吸」として身につけてきたマエストロだ。対するソリストは、同じくウィーンに生まれ、その文化圏の響きを揺籃期から吸収してきたであろう新星・鳥羽咲音さん。この「ウィーンの血」を通わせたキャスティングに、広響のプログラミングのセンスを感じる。

 編成は1stVn12→2ndVn10→Vc8→Va8、上手奥にCb6のストコフスキー配置の2管編成。12型とはいえパーカッションがところ狭しと並び、なかでも木管の上手に鎮座するドラムセットが目を引く。主だったメンバーではチェロ首席のマーティンが降り番で客演首席に高木慶太さん。

 会場は6割5分ぐらいは入っただろうか。このシリーズはだいたい1階席の中央部と3階席(音響はとても良いのにB席なので安い)は埋まるが、2階席はガラガラなことが多かったが、今回は2階席もそこそこ入った感じ。


 ​幕開けはオッフェンバックの「天国と地獄」序曲。曲の後半は運動会の定番だが、アルミンクの手にかかればその手垢のついたメロディも、驚くほど高雅で洗練された装いを見せる。岡山シンフォニーホールの一時閉館に伴い、この数ヶ月はハレノワや倉敷市民会館での鑑賞が続いていたが、やはりオーケストラ演奏に特化された残響豊かなホールで聴くオーケストラ音楽は格別だった。

  

 ​前半のメインディッシュであり、この日の白眉でもあった、鳥羽咲音さんをソリストに迎えたグルダのチェロ協奏曲。「Konzert für Violoncello und Blasorchester 」という題名の通り、弦楽器はコントラバス2本を残して退場し、弦楽器が抜けた場所がまるまる空いているので、管打楽器隊がバックバンドのごとく鎮座する印象になる。

 ​第1楽章、冒頭からドラムが刻む激しいノリのいいビートはと聴き手を一気に惹きこむ。まるでルパン三世のテーマを彷彿とさせる躍動感だが、一転して現れる木管とソロ・チェロのリリックな対話に心が癒される。鳥羽さんと広響は、この動と静の峻烈な切り替えが鮮やかすぎる!

​ 第2楽章の金管コラールが本当に素晴らしかった。どこまでも柔らかく温かい金管の響きに乗せ、鳥羽さんのチェロがアルプスを渡る風のような、清冽極まりない旋律を紡ぎ出す。

 ​そして第3楽章のカデンツァ。鳥羽さんはここで『音楽を遊び、楽しむ天才』であることを証明した。完璧なピッチで奏でられるハーモニクスの美しさはもとより、即興の妙の中に「それ行けカープ」を滑り込ませる遊び心に会場は驚きと微笑みで溢れた。私は演奏中に気づかず、他の方のブログで「それ行けカープ」であったことに気づく始末だったが・・・(岡山に住んでいると、まず聞く機会がないからねぇ)、会場に漂ったあの微笑ましい空気から、彼女が福山人の心を完全に掴んだ様子が分かった。

 第4楽章での急にバロック時代のアンダルシア地方の世界に迷い込んだようなメヌエット。結構、緩急をつけているのだが、鳥羽さんとフルート:森川さん、オーボエ:板谷さんらの木管との濃密で息があった対話が聴きものだった。

 ​第5楽章のフィナーレは圧巻。軍楽隊風の行進曲にジャズの語法が混じり合う混沌の中、超高速パッセージを事もなげに、かつ愉悦たっぷりに弾ききる彼女の姿に、会場の熱気は最高潮に。爆発するようなカーテンコールの後に演奏された、アンコールのパガニーニ/24のカプリス14番(チェロ独奏版)でも重音や三重音、アルペジオ、ストップの跳躍と、超絶技巧のの嵐を涼しい顔で捌いており、異次元の才能を目の当たりにした思いだ。

 

 ​後半はウィーン子アルミンクさんの面目躍如であり、新日本フィル音楽監督時代にとどろかせたプログラム巧者としての才能がさく裂したニクイプログラム構成。

 まず福山の市花でもありシンボルである薔薇にちなんだ、「南国のバラ」が目を引き、アンコールに持ってきたのは、「ラデツキ-行進曲」でも「美しき青きドナウ」でもなく、何と「鍛冶屋のポルカ」だった。福山・備後が鉄と造船の町と知ってのことだとしたら凄い。このオーケストラ福山定期のスポンサーにはJFEスチールと常石造船が名を並べている。

 ​「こうもり」や「ウィーン気質」が生まれた1870年代。それは普墺戦争の敗北により、それまで神聖ローマ帝国の後継を自任し中央ヨーロッパを支配してきたハプスブルク帝国の軍事的・経済的凋落が露呈した時代だった。そしてウィーンの人々が現実逃避するように熱狂したのがオペレッタやウィンナー・ワルツやポルカ。

 もはやホームグラウンドと言えるリーデンローズの芳醇な残響を味方に、「こうもり」は日本のオケが陥りがちな野暮ったさを排した、シャンパンの泡が弾けるような浮遊感。また、「ウィーン気質」で聴かせた優雅で物憂げな世界。アルミンクさんが描くこの独特の刹那的浮遊感は、凋落する帝国の落日のマジックアワーのような輝きを表していたように思う。

 ​多民族国家の首都としてのオリエンタリズムを象徴する「エジプト行進曲」や、野太い合唱が炸裂した「ハンガリー万歳!」での、広響の強靭な瞬発力には、音楽監督就任2年目にして早くも両者の深い蜜月を感じさせる一体感が感じられた。「ハンガリー万歳!」のシンコペーションを刻みながらの歌唱は、以前、PACオケでも聞いた事があるが、当時の団員さんのブログで「めちゃくちゃ難しい」と告白されていたのを思い出した(笑)広響はどうだったのだろう。

 ​「クラップフェンの森にて」では、萩原・福場コンビの岡フィル客演陣が茶目っ気たっぷりに美味しいところを浚い、会場を和ませる。しかし、真の白眉はやはり「南国のバラ」だ。広響が受け継いできた温かいサウンドに、故・秋山和慶氏の薫陶を感じたのは私だけだったろうか?胸が熱くなった。特に天国的な転調がもたらす法悦感は筆舌に尽くし難い。私はやはり、このオケの音がたまらなく好きだ。

 ​アンコールの「鍛冶屋のポルカ」では、鳥羽さんが鍛冶屋の娘役として再登場。マエストロとのパントマイムは実にキュートでコケティッシュで、会場を文字通り「メロメロ」にさせて幕を閉じた。

 ​前日の中学生招待公演に当たった生徒たちは、これ以上ない「大当たり」の回を体験したはず。個人的には、10月のデュムソー・京響によるショスタコーヴィチ10番こそが、魂を抉られるような「悪魔的大当たり」であったと感じているが、果たして・・・

 ​来年度の2月公演もアルミンクによる凝ったプログラムが予定されている。福山の地で再びこのコンビが聴けることを今から楽しみだ。